2008年06月

2008年06月03日

謙虚と卑屈3

日々、人として成長するには、よく『謙虚』であれと言う。

私も、それを心がけているのだが、常に、人は、『おごりや慢心』と、表裏一体ではないだろうか?

ただ、この『謙虚』と言う言葉は、辞書で調べると、《控え目で、つつましい事。
素直に、青手の意見などを受け入れる事》となっている。

自然体で、この『謙虚』さが、にじみ出ている人は、最近はあまり、見かけられないかもしれない。

特に、『謙虚』と言う意味を、はき違えてしまうと、それは、時に『卑屈』に見えてしまう。

『卑屈』とは、辞書では、《いじけて、必要以上に自分をいやしめる事、そのさま。》らしい。

その『謙虚』さを、出そうとするあまり、それが自然でなからこそ出てしまう、矛盾から、『卑屈』さが、逆に浮き出てしまうのではないか?

よく、はにかみプロゴルファーの石川遼プロを、爽やかであると、多くの人は言う。

私も、その通りだと思うが、やはり彼は、『謙虚』なのである。

それも、自分から『謙虚』であれと、意識(多少はあるかもしれないが)せず、ナチュラルなままだからこそ、それが、際立って、他の大人達よりも、輝いてみえるるだけなのではないでしょうか。

そんな、自然体の『謙虚』を、持ち合わせたいのです。

koideroll at 11:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!社長の日記